ABOUT

北畠拓也 KITABATAKE Takuya

1990. 4  埼玉県生まれ(29歳)

2010. 4  東京工業大学 生命理工学部入学

2014. 3  同 工学部社会工学科卒業

2016. 3  同大学院 社会理工学研究科修了

2016. 4  同大学院 環境・社会理工学院後期博士課程

         (休学中)

2016.10-19.1 ARCH共同代表

2017.4-19.3 日本学術振興会特別研究員

2019.5- デモクラティック・デザイン しゃりんの唄を主宰

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北畠拓也について 

 

東京工業大学でコミュニティ・デザインを学び、学部時代から市民参加型まちづくりの研究と実践に取り組んできました。北海道や岩手、世田谷などで数多くのコミュニティ・デザインのプロジェクトに参加するとともに、都市空間におけるホームレス問題を自身の主要なテーマとして活動してきました。米豪英のホームレス支援のあり方を研究する中で、「ホームレス問題」の本質はホームレス状態にある人を見て見ぬ振りする都市の側にある、ということに気づきました。

院生時代には東京のホームレス問題に取り組むための研究・アドボカシー団体を仲間とともに設立しました。そして、様々なステークホルダーとともに東京で初めて市民参加型の夜間路上ホームレス調査を実施しました。のべ1000人の市民の皆さんに参加していただき、それまで誰も知ることのなかった東京のホームレス問題の実態が明らかになりました。

 

2019年に独立し、新たに参加型まちづくりの支援、調査・研究・アドボカシーを行うため個人事務所「デモクラティック・デザイン しゃりんの唄」を立ち上げました。生きづらさを抱える人、弱い立場にある人や生き物の声が都市に反映されるよう、社会への多様なアクションとコミットメントをデザインする「デモクラティック・デザイン」の実践と研究を展開していきます。

 

​震災後の仮設住宅が作られた岩手県S町の三年祭にて

​人知れず深夜の東京の街で野宿する人々。既存の調査の2.5倍以上がホームレス状態にあることが市民の手によって初めてわかった。

これまでの北畠のより詳しい歩みは、ページ下部をご覧ください。

デモクラティック・デザインとは?

 

デモクラティック・デザイン ー直訳すると、「民主主義のデザイン」。皆さんは民主主義 ーデモクラシーという言葉から何をイメージするでしょうか。国会や議会、選挙、…など、少し堅苦しく大仰で、普段の生活にはあまり関わりがないもの、のように感じるかもしれません。

しかし本来デモクラシーは、そうした大きなサイズのものだけでなく、より身近なサイズまで様々なスケールがあります。そして、そのあり方も多様であるはずですし、またそうあるべきものだと思うのです。

生きづらさを抱える人々の生活環境改善のためのアクション、地域のまちづくりへの参加、意思決定の支援、それからSNSを通じたソーシャル・アクションやキャンペーンなど、スケールや形は様々でも、これらは確かに社会や環境をより良いものにするための連携や協働であり、このように人々がそれぞれの形で社会にコミットすることからデモクラシーは始まります。

デモクラティック・デザインとは、このような社会への多様なコミットメントのあり方をデザインすることであり、そうしてできたデモクラシーの種を育て実際に社会を変える力とすることだと考えています。

デモクラティック・デザインの実践と研究を通して、優しくレジリエントな(=しなやかで強い)都市の創造に向けた取り組みを展開したいと思っています。一つ一つの取り組みは小さくとも、命が吹き込まれそれらが互いに結びつきながら強くなることで、世界はきっと、より楽しいものになるはずです。さぁ、一緒に世界をほんのちょっと楽しくするためのアクションを始めましょう!

(※…様々なスケールのデモクラシーをシームレスに・総体的に構築するには、また別のフレームワークが必要になります。それをランディ・へスターはエコロジーに見出しましたし、あるいはテクノロジーや、貨幣によらない価値形態、社会的弱者とともに生きるということが、そのフレームになるかもしれません。)

 
 

北畠拓也のこれまでの歩み 

 

コミュニティ・デザインとの出会い

埼玉県生まれ。子供の頃から、絵を描くことと人とお話しをするのが大好きでした。

中学3年生のときに映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」を鑑賞し心を揺さぶられ、漠然とではあれ社会や人々の暮らしをより良いものにするために自分に何ができるかを考えるようになりました。「世界を変えたい!そのために命を燃やし、熱く生きよう。」と思いました。

一浪の末に東京工業大学に入学しました。人々の暮らしに関わる「何か」をデザインしたいと思い、社会工学科へと進みました。世界がちょっとだけ楽しくなったり、人々がほっとした気持ちになる、そんなモノや空間を創造したかったのです。

そして、コミュニティ・デザインと出会いました。それは生活改善の手段に留まらず、弱い立場にいる人々や生き物(障害があったり、ホームレスだったり、あるいは絶滅危惧種の生物など…)の声を聴き、エンパワメントし、参加の舞台へと招待し、ともに世界を変革するための創造的行為であることを知りました。

絵を描いたり人と話すのが元来好きな自分にとっては、多くの人々とともにモノや空間やつながりをデザインするコミュニティ・デザインという方法・哲学はとてもしっくりくるものでした。コミュニティ・デザインを通して、世界をちょっとだけでも面白いものに変えたい、そう思うようになりました。

​大学院生時代に参加した北海道E市でプロジェクト。住宅団地再生についてのワークショップの風景。

​ランディ先生,マーシャ先生が取り組み、高速道路建設を阻止し広大な自然公園を創ることに成功した米国・LAのBig Wildの視察風景。

ホームレス問題と向き合う人々・都市との出会い

大学4年生のときにオーストラリアで行った調査はとても大きな体験となりました。

シドニーで訪れた公園は素晴らしい光景でした。芝生の茂った公園は美しく、人々が思い思いに時間を過ごし、

昼休みのサラリーマンも寝転がっています。横でホームレスの人が寝ていようと、それを取り上げて追い出そうという気持ちにはならない、そんな優しく豊かな風景でした。

2000年に五輪開催地となったシドニーでは、ホームレスの排除を防ぐための「プロトコル」つまり「議定書」が結ばれました。これは、ホームレスの人であっても公共空間にいたりイベントに参加する権利があり、ほかの市民と差別されないということを宣言したもので、福祉だけでなく公共空間管理や警察など様々なステークホルダーが批准しています。この議定書の精神は、15年以上経過してなおシドニーの公園の風景に見ることができました。

この議定書の意味は、ホームレスの人がいる状態が好ましいと認めているわけではありません。きちんとした住宅に住むための積極的な支援も同時に用意されるべきであり、排除しないことを決めたときにのみ、包摂することができるという都市の姿勢を示したものです。

もちろん現実にはシドニーにもいろいろな課題はあると思いますが、確かにその風景の中に、誰もこの都市空間から排除しないという、都市の優しさと矜持を垣間見たのです。

それから、ロンドンやニューヨーク、シアトルなど各地でホームレス問題に取り組むワーカーや行政職員、熱意ある彼らとの出会いもまた素晴らしいものでした。そしてホームレス問題に真摯に取り組むために考えられた、実に創造的なアイデアに触れました。

社会や空間の包摂施策から漏れた人々に対してどのように都市が対応するのかというのは、

もっとも困難で、しかしそれゆえ挑戦しがいのある、尊い、都市デザインだということがわかりました。

​芝生が美しいシドニーの公園では、多様な市民が思い思いの時間を過ごしていた。

​シアトルで出会った、抗議の居住運動であるテント・シティを展開する人々

東京を考える

海外都市での数々の体験ののち、東京でやるべきことがあると思いました。

日本は福祉制度の過渡期にあり、また東京では五輪開催を控え、ホームレス状態の人々を巡る状況は不安定なものでした。

まずは東京都内各地のホームレス支援に携わる人々に順々に会ってお話を聞き、また皆さんに集まっていただき何が問題でどんな都市になれば良いのかを議論しました。その中で皆さんと共通認識として確認できたことは、まずこの東京で一体何人の人が野宿をし、屋根のない生活を送っているということが、実はその全体像を誰もわからないということでした。

そうしてチャレンジした取り組みがストリートカウントです。大勢の市民に協力をしていただき、真夜中の東京を歩きどれだけの人がホームレス状態にあるかを調べるものです。

諸外国では自治体が主導して実施している場合もあり、ボランティアの一つの形として定着しています。

そうした土壌のない東京では人を集めることは不可能ではないか?という声も多くありました。

しかし、多くの支援団体や研究者の方のご協力によって、まずは実態を真摯に見つめることが重要であるという思いに多くの方が呼応してくださり、2016年厳冬の深夜に、実に100人を越える市民の方が集まったのでした。

その結果、既存の調査の2倍以上の人々がホームレス状態にあるということが、初めて明らかになりました。

以降半年ごとに範囲を広げながらのべ1000人が参加する市民調査になりました。

ストリートカウントというチャレンジによって、ホームレスの人々の実態が明らかになると同時に、

これだけ多くの市民がホームレスの人々を案じ、調査に参加し、ともに考えるという市民のパワーが可視化されたのです。そして参加した市民は、深夜の東京を歩き認識や眼差しを変えることで、いつもと違う東京の姿に出会ったのでした。

厳冬や猛暑の中、人知れず路上で生きる人々が、東京にもいるのだ。

ストリートカウントの取り組みは多くのメディアで取り上げられ、確かに存在するホームレス問題について再考する機会をつくった。

これから

ストリートカウントを多くの方の協力によって実現し、わかったことがありました。

それは普段と異なる視点で街を見ることで、街への認識や眼差しが変わること。

そうすると、自分が生活する世界とは違う世界が同居しており、実に多様な人々によって世界は構成されているということが立体的に見えてくるということです。

生きることを通し、その営みの中で、人々とその多様な価値観とに触れ合い、認識や眼差しが変わり何らかのアクションに結びつくこと。そうして多様なコミットメントを創り出すことが、小さく地道でも世界を変えるために必要なことなのではないかと感じています。

そのような人々の眼差しの変化と、少しのアクション、コミットメントをデザインすることーデモクラティック・デザインを実践していきたいと思ったのです。

もちろん、そうしたアクションを実際の制度や政策へ反映させたり、グッドプラクティスを生み出したり、やるべきことはたくさんあります。

 

団体を離れ、自分なりの活動をすべく独立した現在も、誰も排除されない都市・楽しい都市を創造するために取り組んでいきたいと考えています。

(ここで記した国内外のホームレス問題に取り組む人々との出会いの他にも、石狩管区や住田町、世田谷でまちづくりに励む人々との出会い、ランディ先生とマーシャ先生との出会い、中米での経験、それから何度かの大病の経験などが、これから様々なことにチャレンジしようと思う私自身の力の源となっています。)

 

​北畠拓也 KITABATAKE Takuya

おもしろきこともなき世におもしろく

                                                      すみなすものは心なりけり          ー高杉晋作

​エルサルバドルにて

© 2020 by Takuya Kitabatake